文章を書くということ

9月になりましたね!
すっかり涼しくなって昨日は半袖じゃ寒いぐらいでしたね。

私は10年日記をつけていて、結婚してからなので、もう19年目になります。
ほんの5〜6行のメモ的な日記ですが、自分の変遷が面白いですよ(*^_^*)

今日は、そんな「書く」ということについて私の思いです。

日記をつけるということ

私は小学校4年の時から日記を書き始めました。

最初は、先生との交換日記という形ですね。

今思えば熱心な先生です。

数年前まで年賀状づきあいが続いていたのですが、一昨年、盆もお正月もないぐらい忙しくしていたので、年賀状も返していないまま不義理をしています。

 

小学校から友だちとも交換日記をしていて、
友だちとはそれぞれの思いを書いて、返事を書くということをしていましたが、
先生に提出していたのは、あくまで自分の独り言でした。

それに先生が一言コメントをくれるのですが、あまり気にしていなかったような(;´∀`)

なので、自分の日記という認識でしたね。

父に見られて号泣したのも今では思い出です。

 

その後、中学に入っても日記は書き続けていました。

ある頃からは、毎日ではなくなって、その時の自分の思いを想像上の彼に相談したり報告したりする形になっていきました。

 

自分の思いを書いて、そして想像上の彼が返事をくれるんです(私が書くんですよ(≧∇≦)

「今日は◯◯と遊びに行ったけど、彼は私のことをどう思っていると思う?」

「そりゃ、嫌いじゃないんじゃない」

そんな感じです(≧∇≦)キャー

 

そんな会話のようなノートが何十冊も溜まっていました。

 

そうすることで、自分の考えていることを整理したり、新しい気づきを得たり、何かを決めたりしてきていたんですね。

なので、私にとって「書く」ということは、割と日常的なものでした。

 

ノートを書くのをやめたとき

結婚して、入籍したのが元旦だったので、10年日記の最初のページは「入籍した」からでした(*^_^*)

その頃は、夫とふたりで書いていこうねということで、夫の文字がおそらく最初で最後の1回だけありました。

 

今見返しても、ほんとに毎日数語、単語の羅列、覚え書きとして書いていたようです。

そのころから、想像上の彼に相談や報告のノートに書くことが減っていきました。

 

今思えば、私がノートを書いていたのは、相手の気持ちを想像してどうするかを決めていたからでした。

 

でも、結婚して目の前に実際に相手がいると、直接話し合いをしないことには、何の解決にもならないことに気づいたんです。

夫が多分こう思っているだろうということを聞いても、ほとんどが想像を絶する思考回路をしていました。

 

私が普通、常識だと思っていた考え方をしていないんです。

きっとこう考えているだろう、
こういう時は、私ならそうする、
多分、こっちがいいと言うだろう、
昼まで寝てるとか、あかんよね?

そんなことを前提にして話をしようとしても、

そんなこと考えたこともなかった
別にそうなってから考えたらいいんじゃない?
どっちもいらない、
どこか行きたいとこでもあるの?いつまででも寝てられるよ、

もう、笑ってしまうぐらい本当に私の想像していることが外れるんです。

 

あまりの価値観の違いに、最初はとまどいましたが、

そんな風に考える人もいるんだ!と面白くて、これは楽しいかも、と結婚したということでもあります。

 

なので、価値観が違うことは覚悟の上で結婚したのですが、
それはそれは違いすぎて日記やノートに書いている場合ではなくなっていきました。

 

なので、ある時、私はそれまで書いてきた全ての日記やノートを捨てたのでした。

想像の世界から、リア充の世界に生きることにしたのでした(≧∇≦)

 

パソコンで文章を書く

手書きの文字を書くということと、
キーボードで文字を打つ、パソコンで文章を書くということは、結構大きく違いました。

 

文章を書く、自分の思いを言葉にしてみるというのは、どちらも同じです。

結果として、自分の中からの言葉が勝手に出てくるということも同じです。

 

それも、考えるスピードでキーボードで文字を打つことができるようになったからでもあります。
今では、スマホも同じぐらいのスピードで文章を書いていくことができるようになりました。

 

でも、圧倒的に違うのは、書き直しがパソコンの方が簡単だということです。

逆に、一度書いたことが、ノートはどうしても残ってしまうということです。

多少消しゴムで消したりもします。
ページごと破いたりもできます。

 

でも、鉛筆やボールペンで書いた文字というのは、大きさや文字の綺麗さも、その時の感情が乗っているんですね。

10年日記の最初の頃は、すごく可愛い丁寧な文字でした(≧∇≦)
夫も読むことを前提に書き始めたからですね。

 

今も別に10年日記はテーブルの上に置いているので、夫もいつでも読むこともできるし、書き込むこともできますが、夫が手にとることはありません。

なので、かなりアーティスティックな文字が踊っています(≧∇≦)
えーーーっと、、、と読めない字もあります(;^ω^)

 

今も昔も、出来事を中心に書いてはきていますが、私の思いも書いているので、読んでいると自分の感情の変遷がすごく面白いです。

 

また、当時の自分に言ってあげたいこともたくさんありますね。

成長したな〜〜と、思います(≧∇≦)

 

今こうして、昔の私のような自分で自分を苦しめている人を助けることができるようになったのも、あの頃の私の色んな経験があったからだなぁとつくづく思います。

人生、本当に無駄なことはありません。

 

そして、パソコンで書いたものは、このブログもそうですが、
一気にザーーーっと書いて、後から校正ができるんですね。

 

最初に、キーワードや、書きたいことの大枠なテーマを書いてから、
内容となる文章を書いていきますが、
結構途中で、脱線したり、違う内容になったりしていきます。

 

私はそれも、宇宙が書かせていると思っているので、いったんは言葉を止めずに書いていって、
後から校正し直して、使わない文章、ボツにするものも多いです。

 

イラストも、元々はアナログで書いていましたが、
iPadで描くようになって、描き直しや修正が楽になりました。

それは、文章でも全く同じです。

誰もが簡単に言葉を書いていけるような時代ですからね。

 

自分の思考整理のためにも、記録としても、言葉を書き残していくことはすごく面白いことですよ。

ぜひあなたもアナログでもデジタルでも、やってみてください。

 

後、デジタルは、私はEvernoteというアプリを使っていますが、言葉を検索できるのが、大きな違いですね。

「輪廻転生」について書いたのはいつだったっけな〜〜と検索したら、ザーーーっと出てきますから(*^_^*)

 

10年日記では、いつどこに行ったか、だいたいの日時を探していかないといけないですからね。

さすがに読み返すために書いている冠婚葬祭のメモや、ゼファーや鳥の健康の記録は、別ページに書いていっているので、パソコンよりそれを見るようが早いです。

どっちもメリット・デメリットがありますね。

 

また、振り返る暇もないほどリア充の期間もあり、
またいつの日か全く書かなくなることもあるかもしれません。

 

その時はその時で、またそれもいいんじゃないと思える自分になりました。

 

なので、今までの人生で、私は今の自分が一番好きですね(*^_^*)

 

今日は、たくさんの昔の私にありがとう(*^_^*)

#今日のありがとう vol.598

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