明日はもう蟹座の新月、1ヶ月も早いです。
さて、あなたにとって「自由」とは何でしょうか?
自由とは、自分の好きなようにする、という感じでしょうか。
別の方向から見れば、
自分で決めて、その行動に自分で責任を取るということでもあります。
自由を求め続けた10代
誰でも、最初に自由を得たいと思うのは、親の保護責任の枠を出たいということでは無いでしょうか。
誰でもでは無いのかな(;^ω^)
夫は、ずっと自由にさせてもらってきたみたいですが。
ともかく、日本では、20歳の成人するまでは、父母に親権があり、監督や教育する権利があって義務でもあります。
保護者というものですね。
保護者の許可が無いと、未成年は結婚もできません。
何か犯罪を犯しても、本人より親が責任を問われます。
私の両親は、夫の両親とは違って、何でもいうことを聞かせようとするタイプでしたから、
何かをしたいとお願いしても、いつも許してくれないという感じでした。
お願いする前に、調べて、根まわしして、準備して、まず母に言ってみて、OKだったら、父に言って見ると言うことを学ぶまでは本当に何の自由もありませんでした。
子供の頃はそこまで準備できずに、
友達と繁華街に遊びにいくことになっても、私だけ行けなかったり、
行きたい高校にはもちろん行かせてもらえなかったり、
それこそ好きな子が出来ても、高校生で付き合うとか早いと怒られました。
そんな感じの10代でしたが、その中でも勝ち取った願いごとがあったんです。
それは「3B」として、私の成功体験として、その後の人生の支えになったのでした!
大げさですが、本当にそれぐらい嬉しかった経験となったんです。
ちなみに「3B」とは、バンド、バイト、バイクでした。
高校時代、私たちの世代はバンドブームで、
私はピアノを中学まで習っていたので、キーボードを買ってもらい2つのバンド仲間たちと色んな音楽を楽しみました( ´∀`)
その後、就職したいという願いは叶わなかったわけですが、
1つ受かった芸大でも、軽音楽部に入り、自分は結局バンドは組まなかったのですが、たくさんの仲間達と学祭などを楽しみましたね。
そんな音楽好きだったので、中学生の時から利用していたレンタルレコード店でのバイトを高校卒業後すぐに勝ち取りました!
それこそ音楽聴き放題の願ってもないバイト先でしたね〜( ´ ▽ ` )
それが、2つ目のBでした。
そして、電車だとかなり迂回の通学路で、1時間以上かかるところ、バイクだと20分ぐらいで行けたので、免許を取らせてもらいバイクを買ってもらうことができました。
その後、事故はしませんでしたがバイクで転けて怪我ばかりするので、車の免許も取らしてもらい、大学も車で行くようになりました(≧∇≦)
大学の途中で成人を迎え20歳になるのですけど、
それでも、あれダメこれダメ、何をお願いしても、許してもらえず諦めてばかりの10代だったので、その中でも「3B」は、私の中でダントツに輝いていました(*´-`)
そんな10代だったので、
本当に早く大人になりたかったんです。
大人になったら自分の意思でなんでも決めて自由にできると思っていました。
その後は用意周到に準備して、一人暮らしを勝ち取ってからは、親の目の届かないところでは結構自由な独身貴族を謳歌しました(≧∇≦)
この時は親戚の不動産屋さんの叔父さんまで味方につけてから父に交渉したんですよね。
我ながら本気を出せば違うな、という感じでした。
でも、結局のところ、私自身が親の意向を大切にしたいという思いが根底にあったので、
何でもかんでもまず親に了解を求めてから行動していたんですね。
なので、結局は、親が死ぬまで自由にはなれないんだと思い込んでいました。
結婚という自由
そんな私に一筋の光が差し込みます!
それは、結婚したら、もう色々文句言って来ないんじゃないかということでした。
なので、親が次々と持ってくる見合いもしてみていました。
ですが、本当に父の息のかかった都合のいい相手ばかり連れてくるんですよね。
父と同じ学校の教師だったり、教師仲間の息子さんだったりです。
「こいつは、陸上クラブのことばっかり熱心にやってるんや」という人を紹介されたときには、
どうみても陸上より私を大事にしてくれそうには思えず、会う前に断りました。
そうして結婚願望が強かった割に、なかなか出会いもなく、30代に入ってから、夫と知り合い、当時としては超早いスピード結婚をしたのでした。
とりあえず籍入れとくか、という感じで、親の戸籍から出ることが最大の目的だったんです。
結婚すると、自由がなくなるという言い方は、当時でもありました。
男性も自分の稼ぎを自由に使えないし、
女性も家事をしながら育児もして、なんなら仕事もしないといけないという結婚生活に、魅力を感じない時代になってきていました。
でも、私にとっては本当に最大の自由を手に入れた瞬間でした!
自由人な夫
私が結婚で自由を手に入れることができた理由、
それはまさしく、夫がどこまでも自由人だったからでした。
父とは正反対で、とりあえず何でもいいんじゃないというゆるさ(≧∇≦)
そして、一番父と違ったのは、とことん話を聞いてくれるところでした。
父は、自分の価値観の範囲内のことかどうか、私が話を初めて3分も聞かずに「あかん」と理由もなにも聞いてもくれず「あかんもんはあかん」とダメな理由も説明してくれませんでした。
それに比べて、夫とは価値観がずいぶん違ったこともあり、朝まで話し合いをすることが今でもあります。
だからこそ、お互いにどう思っているのか、何を大切にしたいのか、理解しあった上で、お互いの自由を尊重してこれているのだと思います。
その時から夫は私に言い続けていました。
「自分がしたいと思ったらしたらいいねん」
最初は、そんな親が、周りが、お金が、時間が、と言い訳をしていた私でしたが、
少しづつ、じゃあやってみよう、という感じになってきたのでした。
そうしてようやく気づくんです。
「あれ、自由にするんだって、自分が決めればいいだけのこと?」
そうなんです。
自分で自分の自由を奪い続けてきたことに、ようやく気づくことができたんですね。
親のためにと言いながら、自分を後回しにして自分を大切にしてこずに、自分に自由を与えてこなかったのも、自分じゃないか、ということです。
夫には、「ずっと言ってるやん、今頃わかったんか」と言われましたけど(;´∀`)
自由に生きるということは
自由に生きるということは、自分で決めるということに他ならないんですね。
自分の人生をどうしたいのか、自分はどうしたいのか、
そもそも誰の人生なのか、
自由とは、自分の人生を自分で生きるということです。
それも、自分で決めるだけのことなんです。
今も父は好き放題、無理難題を言ってきます。
少し前までは、何でも夫のせいにして断っていました。
今では、聞いてもだいたいは「へ〜」と、スルーすることができます。
たまには「聞いてるんか、わかったな」と強要しようとしますが、
「はいはい」と適当に返事をすることも覚えました(≧∇≦)
私は「嘘は絶対にいけない」という思いが強かったのですが、
そういう人の気持ちに寄り添うための嘘も存在するのだということも知りました。
そうすることで、父の気持ちも収まるんですね。
そして、私もしたいようにすることで、自分の自由を選択することができるようになりました。
今ではそんな無理難題も、父の不器用な愛情表現なのだということも分かっています。
真っ向からお互いに差し向かおうとするので、反発にもなりますが、父に対してもいったん寄り添っておいて、その後にあらためて(用意周到な準備を整えてから)話せば分かることもあります。
そもそも、親の許可をとらないと歩めないのは、私の人生ではありませんから。
そうして、私は自分のための自由な人生を歩むことができるようになったのでした。
自由とは、自分の気持ちを自分で解放してあげることでもあるんですね。
あなたも、自分で自分の自由を奪っていませんか?
まずは、自分で決めるということ、自由はその先にあります(*^_^*)
今日は、「自由」を教えてくれた父と夫にありがとう(*^_^*)
#今日のありがとう vol.537
カテゴリ: 今日のありがとぉ♡ブログ , 価値観の違い・多様性と人間関係 , 自分の人生を歩むということ